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実は慈悲深い?閻魔様と眼病の意外な事実について

目の病気でお困りの方、こんにゃくを持って、源覚寺の閻魔様を訪ねてみてはいかがでしょうか?

「悪いことばかりしていると、えんま様に地獄へ落とされるよ」
「嘘をつくと、えんま様に舌を抜かれるよ」

子どものしつけをする時に、えんま様を登場させると効果てきめん。そんなわけで、閻魔様といえば、とにかく恐ろしいイメージが根づいています。

しかし、閻魔様にはたいへん慈悲深い面があるのです。日本には、閻魔様を信仰の対象として、大切にお祀りしているお寺がたくさんあります。東京・小石川の源覚寺もそのひとつ。源覚寺の閻魔様には、お婆さんの目の病気を治したという言い伝えがあります。今日も、眼病平癒を願う人々がたくさん訪れていますよ。

閻魔様と眼病の関係

源覚寺ってどんなお寺?

後楽園👹こんにゃくえんま様 通院の帰り道、 #源覚寺 通称 #こんにゃくえんま 様にお参りして来ました。 ここに参拝して目の病が治った老婆が、お礼に #コンニャク をお供えし続けたという言い伝えから、今でも参拝者がコンニャクをお供えする風習があるそうです。 このほか境内には 塩地蔵尊という、これまた珍しい #お地蔵様 も。 健康祈願のため、 #塩 を塗ってお参りする作法があるそうで、今では #写真 のとおり完全にお姿が埋もれている程でした。 ご信徒さんの信心の篤さが伝わって来る、素敵な #お寺 。 #後楽園 #文京区 #東京 #tokyo #東京メトロ #神社仏閣

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源覚寺は、東京都文京区小石川にある浄土宗のお寺です。創られたのは、江戸時代の初め、寛永元年(1624年)。

第2代将軍徳川秀忠、第3代将軍徳川家光からも信仰を寄せられた、由緒あるお寺です。「本郷の辺りから参拝客が群をなして・・・」とは、明治時代の縁日の様子。本郷は小石川から3キロほども離れていますから、近代まで非常ににぎわっていたことがうかがえます。

現代の源覚寺は、どのような様子なのでしょうか。

源覚寺の基本情報

  • 名称:浄土宗 常光山 源覚寺
  • 住所:東京都文京区小石川2-23-14
  • アクセス:地下鉄都営大江戸線、都営三田線「春日駅」から徒歩2分/地下鉄丸の内線、南北線「後楽園駅」から徒歩2分

東京ドームへと続く、交通量の多い都道436号線。道路沿いには、ビルや商店がびっしり張り付いています。

そんな建物と建物の間に、奥へのびる細い路地。入り口には数個の提灯と「こんにゃくゑんま」の石碑があります。うっかりしていると通り過ぎてしまいそうな、ここが源覚寺へ続く参道です。

緑豊かな境内には、鳥のさえずりさえ聞こえてきます。そこだけ都会から切り離されたように、心休まる穏やかな空間。散歩の途中でお参りしていくお年寄りや、昼休みにお弁当を食べるサラリーマンの姿。昔ほどの賑わいは見られないものの、地域の人々の憩いの場となっているようです。

本堂に祀られている阿弥陀様の神々しいお姿とは対照的に、閻魔堂の閻魔様は、いかめしい表情。よく見ると右の目玉がありません。源覚寺の閻魔様には、実はこんなエピソードがあるのです。

眼病を治したこんにゃく閻魔

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宝暦の頃(1751~1764年)、あるお婆さんが、目の病気に苦しんでいました。

源覚寺の閻魔様に願をかけて、参拝を続けたところ、夢の中に閻魔様が現れてこう言ったそうです。

「私の目の片方をおまえにあげよう」

満願の日に、お婆さんの目はすっかり治っていました。お婆さんが閻魔様を訪ねてみると、木像の右目が割れて黄色く濁っているではありませんか。

お婆さんは閻魔様に深く感謝して、自分の好物のこんにゃくをお供えしたということです。これ以降、この閻魔様にこんにゃくをお供えし、眼病の平癒を願う人々が後を絶たなくなったのだそうです。

源覚寺の閻魔様が「こんにゃく閻魔」と呼ばれるのは、この言い伝えが元になっています。閻魔堂の前には、今でも、参拝者が備えたこんにゃくが山積み!境内に掛けられた絵馬にも、目の病気が良くなるようにと願う言葉が並んでいますよ。

閻魔様はこんにゃく好き?

源覚寺の閻魔様のエピソードでは、お婆さんは「自分の好物である」こんにゃくをお供えしたと伝えられています。しかし閻魔様自身も、こんにゃくが大好物。裏表のない=正直者の食べ物だからです。

別のお寺では、こんにゃくの薄切りを人間の舌に見立て、「嘘をついた舌の代わりにこんにゃくをお供えしなさい」と説いているところもあります。いずれにしても、閻魔様とこんにゃくには特別な関係があるようですね。

【豆知識】閻魔様っていったいどんな存在なの?

閻魔様に関する3つの勘違い

  • 閻魔様は、死者の行き先を独断で決めている
  • 閻魔様は、嘘つきの舌を引っこ抜く
  • 閻魔様は、冷酷無比の恐ろしい人である

一般的な閻魔様のイメージは、だいたいこんなところですよね。

これらはすべて、私たちの思い込み。今日は、皆さんが持っているであろう「3つの勘違い」を訂正して、閻魔様の本当の姿を知っていただきたいのです。

さっそく1つめです。

閻魔様は、天国か地獄か、死んだ人の行き先を決める仕事をしています。これ自体は間違いではありません。

ただ、この仕事をしているのは、閻魔様だけではないんです。「十王」と呼ばれる10人のチームで審査を担当。一人の死者につき、7日ごとに、計7回審査をすることになっています。7回それぞれ、異なる審査官が担当。

閻魔様は5回目で登場し、鏡に生前の行いを映して、閻魔帳に書かれた内容と照合していきます。7回すべての審査結果をふまえ、天国行きか地獄行きかが決まる仕組みになっています。

7回で決まらなければ、さらに3回の追加審査をして、慎重に判断してくれるのですから、意外と良心的で、秩序立っていますよね。とにかく、閻魔様が、勝手きわまりない独裁者ではないということは、わかっていただけたでしょうか。

2つめです。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」とは、幼い頃大人からよく聞かされるセリフですよね。

でも実は、嘘つきが舌を抜かれるのは、地獄へ行った後のこと。閻魔様は、あくまでも審査員の一人ですから、よっぽどのことがないかぎり、刑の執行までは行いません。

3つめの勘違いです。
閻魔様は、冷酷無比どころか、人々を救おうと必死です。源覚寺の閻魔様のエピソードからも、恐ろしげな見た目からは想像できない優しさを持っていることがわかりますよね。

閻魔様は、とても二面性のある方なんです。「天国か地獄か」を決める審査の時もそう。鬼のような形相で死者を震え上がらせたかと思うと、今度はお地蔵様の姿になって、懸命に死者を弁護してくれるらしいのです。

簡単には理解しがたいことですが、閻魔様を「お地蔵様と同一人物」あるいは「表裏一体の存在」とする経典は数多く存在しています。果たして閻魔様の本当の姿は・・・?

次節からは、インドで生まれた閻魔様の姿やイメージが、中国を経て日本に伝わってくる間に、どのように変わってきたのかをご説明します。

インドのYamaは天国の王から地獄の王へ

インドには、太古の昔から、人から人へ語り継がれてきた神話があります。それらは、文字が生まれてはじめて、書物にまとめられました。中でも最も古いとされているのが「リグ・ヴェーダ」という聖典。紀元前1200年ごろに、現在の形になりました。この「リグ・ヴェーダ」の中に、閻魔様のもとになっている神Yamaが出てきます。

Yamaは世界のもっとも高いところにある、死者の国の王でした。人々は、生きているうちに良い行いをたくさんして、美しく楽しいYamaの国を目指そうとしました。ここで示されている死者の国は、いわゆる天国ですね。

ところが、紀元前1000年頃の「ブラーフマナ」という書物には、全く違ったYamaの姿が描かれています。Yamaは、暗い地下の国に住み、死者を引きずり込んでいく鬼神に変貌していたのです。奇妙な青い肌で、死者を縛るための縄を手に持ち、水牛に乗った姿。「リグ・ヴェーダ」から「ブラーフマナ」の200年間に、いったい何があったのでしょうか。

最初は善人ばかりだった美しい死者の国にも、悪行を働く者が増えてきたのです。これでは、天国の安寧が乱されてしまいますよね。そこで、やってきた死者を選別し、悪人は地下世界に行かせることになりました。この大変な仕事を引き受けたのがYamaだったのです。

中国の閻魔天は審査官「十王」のひとり

さて、インドのYamaは、中国の仏教に「閻魔天」として取り入れられました。地獄の王としての恐ろしいイメージが引き継がれますが、服装は中国風にシフト。頭には宝冠、手には笏、法服を身にまとっています。

仏教では、「天国行きか地獄行きか」を決めるのは10人の審査官「十王」。そのひとりに閻魔天は位置づけられました。10人の顔ぶれを見てみましょう。

泰広王 初江王 宋帝王 五官王 閻魔王 
変成王 太山王 平等王 都市王 五道転輪王

すでに述べたとおり、順番に登場して、死者を審査します。重要なアイテムを持っているのは、五官王。秤をつかって、罪の重さをはかります。しかしなんといっても、閻魔天の浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)は、最終決定に重要な役割を果たしたようです。

日本では閻魔様だけがひとり歩き

鎌倉時代。ついに、十王信仰が日本に上陸します。

しかし、閻魔様以外の9人の知名度がいかんせん、低すぎます。これでは、人々は十王をイメージすることすらできません。信仰が広まるのも難しそう。そこで、中国から来た経典の内容に、ちょっとした加筆がなされました。

すでに日本に浸透していた「十三仏信仰」をミックスさせ、「それぞれの王は、身近な神仏と同一人物」ということにしたのです。

泰広王=不動明王 初江王=釈迦如来 宋帝王=文殊菩薩
五官王=普賢菩薩 閻魔王=地蔵菩薩 変成王=弥勒菩薩
太山王=薬師如来 平等王=観音菩薩 都市王=勢至菩薩
五道転輪王=阿弥陀如来

「死後7日目には不動明王が、49日目には薬師如来が待っていてくれる」と思えば、なんとなく安心ですよね。日本で「初七日」や「四十九日」の法要がすっかり定着しているのは、この置き換えのおかげかもしれません。

さて十王のうち、閻魔様だけはやはり別格。インド・中国での基本的イメージがきちんと残った上に、「十王=閻魔」として扱われることも多くなりました。鎌倉時代以降、日本各地で次々に閻魔像がつくられます。

死後、自分を地獄に落とすかも知れない、閻魔様への畏怖の心。生きている間にたくさんお参りしておけば、天国へ行かせてくれるかも、という望み。それが、人々を閻魔信仰に向かわせたのです。

まとめ

近年、閻魔様に「私を地獄に落とさないで」と祈る人は減ってきました。

関西では「先祖の御霊を託す」スタンス、関東では、病気平癒・厄除祈願など「現世での幸せを願う」スタンスに変わってきたのです。閻魔様は、あなたの願いも叶えてくれるかもしれませんよ。

「地獄の釜の蓋もゆるむ」閻魔様の休日=縁日に出かければ、様々なイベントも。出店が出たり、見世物があったりと、家族で楽しめる1日になるでしょう。こんにゃくを持って、閻魔様に会いに行ってみませんか。